Aクラスと暮らす ほぼ毎日書けない日記

2001年10月

  Tidy & Cozy

A story of A

  


2001年10月31日

突然の別れ............母の交通事故(その2)

母の顔を確認したら、知らないうちに涙が頬を伝わって落ちた。

だが、テレビドラマの様にその場で泣き崩れることは無く、至って冷静だった。病院へ到着するまでに間、いろんな事を考えていた為か覚悟は出来ていたのかも知れない。幸い、顔は綺麗で交通事故での悲惨な姿も心配したが、ただそこに寝ている様な穏やかな顔だった。

しばらくして担当医師から救命治療の説明があった。運ばれ来た時は「心停止」状態だったそうで、開胸心マッサージ等あらゆる蘇生術を行ったが駄目だった様だ。今から考えると、その時治療状態を克明に説明したのは、昨今で取り上げられる「医療過誤」が問題となる場合があり治療に不備が無かった事を言いたかったのかも知れない。ただ、その時は「今更その説明を聞いたところで母の命は帰ってくるはずは無い」と思った。

それに、ここは私が以前居た職場。この辺りの救命救急に掛けては地域で一番だろう(ヘリコプターまである)。事故現場からの距離も近く最新医療での治療だから最善を尽くしてくれたのだと思う。これで駄目ならば、仕方のない事だ。逆に賢明に治療に当たってくれた、医師、看護婦、病院スタッフの皆さんには感謝している。

その後、事故状況を簡単に説明してもらった。

母は同乗していた車の「後部座席」に乗っていた様だ。その時交差点で他の車と接触。その弾みで電柱に当たったらしい。その時の説明では、何故それだけで致命傷になるのか解らなかった。ただ、歩行中とか自転車に乗っている様な単独の事故では無く、車同士の衝突が原因だった。

しかし運転手や相手側の同乗者は軽いけが程度で済んでいた。ただ助手席に乗っていた母の友人は入院した様だが命に別状は無いそうだ。だが、「後部座席に乗っていた母だけが命を落とすなんて」不思議で仕方なかった。

さて、原因はどうでもいい。とにかくやる事が沢山あるのだ。とりあえず、母であった事を姉に連絡したが、姉は相当ショックだったらしくまだ家へ居た。「とりあえず家へ連れて帰るから、落ち着いて来るように」と告げた。本当は自分が落ち着かないといけないのだが、父が癌で亡くなって年月が経っていない為か、これからやるべき事は大体解っていた。

そう、その日は父の月命日である19日。父が亡くなってから、丁度二年半の事だった.........つづく。

 

メールや掲示板でのお悔やみの言葉ありがとうございます。私自身は元気で仕事に復帰しておりますが、何分休んでいた時に溜まった仕事が沢山あり、正直悲しんでいる暇はありません。本来ならばメールを下さった方々にお返事を差し上げなければならないのですが、そんな事情もあり無礼しております。日記の方はしばらくこのテーマしか書けないのですが、徐々にいろんな事を書いていこうと思います。

2001年10月30日

突然の別れ............母の交通事故(その1)

人生には沢山の出来事がある。

飛び上がって喜んだり、死んでしまいたいと涙ぐんだり、人はそれを経験しながら人生を歩むのだと解ってはいた。ただ、その悲しみは突然訪れた......母が交通事故で亡くなったのだ。

10月18日

事故に遭う前の夜、テレビを見ていた私はふと、母に電話を入れる事を思い出した。11月の連休に一緒に旅行へ行こうと計画をしていたのだ。電話に出た母は「楽しみに待っているから」と、何時もより明るい声で話した..........しかし、それが母との最後の会話になるとは......。

10月19日

その日私は、何時もの様に日記の更新を終え、そろそろ昼休みに入ろうとしていた........と、その時職場の電話が鳴った、家からだった。普段なら、携帯へ電話が入るがこの時はロッカーへ入ったままだったのだ。

わざわざ、職場へ電話を入れたのは緊急の用事だと思ったが、大した事ではないだろうと思っていた。だが電話の向こうの妻は興奮した声で「今、警察から電話が入って、お母さんが交通事故にあった」と、伝えた。そして、次の言葉は「もう駄目だって.....」確か、そんな言葉だったと思う。

だが、私は冷静だった。冷静と言うより現実に起こった事なのか、夢の中の事なのか、今ひとつピンと来ていなかったのだ。ただ「これは現実だから急いで家へ帰らなければ行けない」と、もう一人の自分が言った気がする。とりあえず仕事にくぎりをつけて、一呼吸置いた所で携帯で姉の家へ電話を掛けた。

電話に出たのは、受験を控えた高校生の甥だった。丁度試験で早く帰っていたのだが、姉は広島で看護婦をしており平日は不在だった。とりあえず「実家の母が交通事故に遭った」とだけ告げ、職場を早退した。

外は、良い天気だった。

職場の駐車場から家までAクラスを走らせながら、頭の中では沢山の事を考えていた。何時もより慎重に駐車場へ車を止め、ゆっくりと家へ帰った。部屋では妻が待っていたが、事故の事を他には連絡をしていなかった。ここでもう一度姉の携帯へ電話を入れたが、やはり出ない。

しかし、じっとはしていられない。とりあえず、警察からは「母かどうかの確認に来てくれ」と言われていたので、実家の近くである倉敷の病院まで行く事にした。いつもは、坂出から瀬戸大橋を通って帰る所なのだが、その日は何故か高松西インターから高速へ入る事にした。ハンドルを握りながら、いろんな事が頭の中で渦巻いていたが、心の中では突然の母の死に泣いている自分もいた。

丁度、高速へ乗る手前で姉から携帯へ連絡が入った。「お母さんどうなの」と、事故の心配をしていたが正直に「駄目だった」と伝えた。電話の向こうの姉のうろたえた声がした。にわかには信じがたい事だろう、私自身もそうだ。とりあえず病院まで行って確認して、それからまた連絡すると伝えた。

瀬戸大橋から見る海は綺麗で、悲しいくらい澄んだ秋晴れの空だった。

何故だかハンドルを握る手は冷たく、少し痺れを感じていた。午後1時半、病院へ到着。ここは、以前私が勤めていた大学病院の救急救命センターで、折しも学園祭の準備をしている所だった。周りの楽しそうな笑顔は、まるで別世界の事に様に見えた。

受付で、名前を告げたら「少しお待ち下さい」と言われ待合いの椅子に座った。他には誰もいなかった。随分長い時間待った気がする、母かどうかの確認だけだから「今すぐにでも会わせて欲しい」そう念じながら、鉛のような時間が過ぎて行った。

どのくらい待っただろうか、ため息をついていた時、看護婦が「どうぞお入り下さい」と迎えに来た。案内されるままに中に入って行ったら、一番奥の部屋には、ストレッチャーに寝かされ顔に白いガーゼが被された姿が目に入った。主治医が「ご確認を」と言って、そのガーゼを外したら......

まぎれもなく「母だった」..........つづく。

 

済みません。本来Aクラスの楽しい日記を期待されている方もおられると思いますが、重いテーマとなってしまいました。ただ、同じハンドルを握る方ならば、交通事故と車とは切っても切れない関係だと思います。明日は、加害者にも被害者にも成りうる事なのです。母の死を通じて、交通事故とはどのような現実と直面するのか、突然の別れ、お葬式、事故原因、保険、沢山の手続き、そして絶えること事のない悲しみ.......この実体験を通して少しでも安全運転のきっかけに成ればと思い、辛い心の中を書きつづる事にしました。それは、私自身の為でもあり、亡くなった母の死を無駄にしない為でもあるのです。

既に、何通かのお悔やみのメールを頂きました。HPの日記は、この通りですが掲示板の書き込みは楽しいテーマで続けて下さる様お願いします。

2001年10月19日

(貧)どこでもインターネットへの道..........(その5)

再び「どこでもインーネット」の続きである。

とりあえず、三階まで接続出来たので、スピードサイトで計測したら「800kbps」前後だった。だが、それから数日後、再び計測したら「2.5」と出た。一瞬「すっげー遅いな〜」と思ったが、桁が違っていた。「2.5Mbps」なのだ、何と一挙に3倍もスピードアップしているではないか。

その後、何回か色々なサイトで計測してみたが、大体2〜2.6Mbpsは出ている(キャッシュはオフね)。データサイズを小さくしたら最大「2.9Mbps」も出た。しかし、「何で急に早くなったのか?」と考えたら10月に入っていたのだった。そう、広告では「10/1より2M増強」と書いてあった事をすっかり忘れていた。

いや、忘れていたのではなく、最初の説明で「9月末より既にスピードアップしている」と説明を受けていたので、「こんなものか」程度に思っていたのだが、本当に10月からスピードアップしてしまった。「だが、待てよ」2Mbpsなのに何でそれ以上のスピードが出ているのだ?と、もう一度今度は「Power Book」で計測したら1.5〜2Mbpsしか出なかった。

そう、このスピードはPCの性能でこうも違うのだ。実際、体感スピードでも違いが解る。恐らくCPUやHD、描画速度とかが関係する事だと思う。よく「ADSLは○Mbps出た」と言われるが、収容局からの距離やノイズ以外にも「意外にPCの能力」が関係するのだと解った。

あ、ブラウザーによっても差はでますね、ちょっとだけ。

だけど、色々とサイトを回ってみて、こちらの速度が上がったら、今度は相手側サイトの遅さと言うかバラツキが解り始めた。結局、現状では大元の回線が太くならないと、2Mが100Mになったところで、64Kから2Mになった時ほど劇的変化は感じないのでは?と思ってしまった。

最高値では2.9M bps
サイトによってもかなりバラツキがある
箱を開けるまでがワクワク
とりあえず設置
やはり広い17インチのTFTは良い
新規交代....これからはサーバーで隠居生活

 

さてさて、PCの構成を書いておかなければいけない。

結局、メインのPCは「Power MAC G4/733」にメモリーは256MBを二枚追加の合計「640MB」。本当は「三次キャッシュ付きの867」が欲しかったのだが、10万円の差は大きかった。ディスプレイは「今時液晶は当然でしょう」と言う事で、外部品(NANAOとかSONY)にしょうか、15インチにしょうか迷ったが、DVI接続を考えたら値段の差があまりなくなったので結局アップル純正の「17インチのTFT」にした。見た目のデザインも良いし、電源スイッチがディスプレイ下部を触るだけでオンとなるギグが気に入ってしまったのだ(単純)。

プリンターも一新(本当はこれが目的)「キャノンのLBP1510」と言うタイプ。本当はエプソンの安いのにしたかったのだが、ネットワーク対応になる事と印刷速度の差で決まった。と言うより「キャノンにして下さい」と営業に泣きつかれたのが理由。

ネットワーク関係は無線ランにする 為にメルコの「WLAR-L11G-L」と「WLA-L11G」。それにスイッチングハブ2台とLANケーブル類モロモロ。無線ランの話は色々とあって、また後日......につづく。

           

2001年10月18日

てんとうむし

久しぶりにラーメンを食べに行った。

以前から気になっていたのだが、職場の近くにラーメン屋ができた。できたと言っても、ここ一年ぐらい前だろうか?時々その前の道を通るのだが、「たぶん美味くないだろう」と思って、行く事は無かったのだ。

だか「うどん王国」の讃岐において、ラーメン屋の数は異常に少ない。よって「ラーメンを食べに行こう」と誘われて、時間的に一番近い店となるとここしかなかった。店の名は「てんとうむし」........変な名前だ。「タンポポ」の亜型みたいな名前だが、由来は行って直ぐに解った。

かの「スバル360」が、店頭に鎮座していたのだった。「てんとうむし=スバル360」なのである。早速中へ入ると、普通の居酒屋だった。看板を見ると「ラーメン居酒屋」となっていたので、ただのラーメン屋ではなかったのだ。ラーメン一本で勝負出来ないとなれば、その味は大体解ってしまう。いや、ラーメンだけではやっていけない事情から居酒屋も併用しているのだろうか?案の定、客は誰も居ない。

店内を見渡すと、壁には昔の「スバル360の古いポスターやイラストが何枚か貼ってある。入り口横には、沢山の写真が貼り付けてあった。「きっとスバル360マニアが作った店だな」と、カウンターの向こうを覗くと店主と思われる「茶髪のにいちゃん」がいた。他にも店員が二人いたが、たぶん彼が店主なんだろう。

とりあえず、「ネギラーメン」を注文。さらに、カウンターのおでんを取ってパクつきながら「さて、居酒屋だから他に何かあるのかな?」とメニューを開いたらスバル360のイラストがあった。

好きなんだな「てんとうむし」が......。

店頭のてんとうむし
塩?ラーメン
メニューにも

 

などと考えているうちに、「ねぎラーメン」到着。

見た目は美味そうだ。まず、スープを飲むと「??塩味?」見た目は薄い醤油だが、これは「塩味」と言うのだろうか、たぶん「」なんだろう、ひょっとしたら「薄口しょうゆ味」なのかも知れないが......。外で食べる時は何時も「ラーメン=こってりしょうゆ味」ばかりなもので、「塩味」って一度も食べた事がなかったな......。

てんとうむしマニア」は一度お越し下さい.........m(_ _)m

       

2001年10月16日

秋か?

10月も後半になって、やっと肌寒くなった。

と、思ったら「風邪」を引いてしまった。いや、引いてしまいそうに寒気がする。いかんなー、疲れがたまっている。だが、ガソリンは限りなく「0」に近づいてきたので、無理を押して給油に行った。

給油」と言えば、例の満タンにしても「」まで針が届かない現象をもう一度確認したかったので、今回は出来るだけ満タンに近い量を入れてみた。給油ガンの先が見えるくらい手前に引いて入れてみたのだが、結果は写真のごとく、1の手前が精一杯だった。

やはり、おかしい。だけど夏場よりはまだ良いのかも。ひょっとしたら、実際のガソリンは満タンだが表示自体が間違っているのでは?と思ってきた。事実、前回の給油から500km近くは走っているし、燃費も10を少し切る程度で一年前と、特別変わった感じはしない。

ただ、表示だけの問題?」とも思って来たが、証明するにはどうすれば良いのか。ま、多少ずれていても不便ではないが、どことなくしっくり来ない。一度見て貰おうかな....。

いつものESSO 104円/L
満タンにしてここまでの針の位置

 

見て貰うと言えば、ハンドルの件もある。「バックでクーの異音」からハンドルを回したら、たまに「クルクル」と言う、以前と同じ異音がし始めたのだ。このまま行くとハンドルがガタガタと引っかかりが出来て、また「ステアリングシャフトのジョイント部分の一式」交換と言う事になるかも知れない。

日記を読み返すと、交換修理からまで四ヶ月しか経っていない。だが、最初の症状が出たのは昨年暮れ辺りからだった。中途半端に修理してメルセデスケアが切れた後に再度故障となると厄介だ、ケアはあと8が月弱。どのタイミングで修理に出すか、ちょっと考えよう。

薬が効いて、今日は眠い........(-_-)zz

       

2001年10月15日

こんな所でAクラス

土日は「慰安旅行」だった。

ま、職場の慰安旅行なんて「飲んで喰って寝て、疲れて翌日からまた仕事」と、リフレッシュだか疲れに行くのか解らない旅行になるのが毎年のパターンだ。今年も、あまり行く気はしなかったのだが場所が「高知」と言う事もあって「皿鉢料理」なら食べても良いかな?と「食べる」事だけを目当てに行ったのだった。

で、その帰り道。

四国の山の中、大歩危(おおぼけ)と言う秘境にある「まんなか」と言う訳の分からないネーミングのドライブインに立ち寄った時の事。何時もの事だが、こう言う旅行先の売店には地元のおみやげの他に、子供のおみやげ用にその土地の特産品でも何でも無い「おもちゃ」が売られている。

しかも、そこには何故か決まって「一体どこで作った物だ?」と思われるミニカーが置いてある事が多い。ミニカーと言っても、そんなに精度の高い物でも何でもなくて所詮「おもちゃ」の域は出ていないし、あっても国産車か輸入車なら「ビートル」ぐらいだった。

が、その時も何も期待せずに、ふらっと何者かに引き寄せられる様にその売店へ入って行ったら......

お、Aクラスじゃないか!

しかも「A-140」のミニカーを発見したのだ。地元の「ホビーショップ」で探してもなかなか見つける事が少ないAクラスのミニカーが、何故かこんな山の中の秘境にあった。

別にミニカー収集家ではないものの、こうやって目に付いた「Aクラスのミニカー」は、つい買ってしまう。しかも価格は「350円」と、異常に安い(そんなものか?)。色はオレンジで、他の色も探したが何故かこの色しか置いてなかった。

1/72スケール」でクリアケースに入っている。「H」のシールが貼ってあったので、最初は有名な「herpa」かと思ったが、小さな文字をよく見ると(最近老眼ぎみ(^^;)。「HONGWELL」と書いてある(知らない)。裏を見たら製造元と思われる住所は「UK」だった。

イギリス製か......?

と思って、Yahooで調べたら「中国製」だった。しかも価格は大体「180円〜200円」程度の物。よく見るとペイントに荒さが目立つ。やはり「350円」は、秘境価格なのか.....。

1/72スケール」シリーズは有名らしく、他に「1/43」には赤色のAクラス(600円)も存在する。え?知ってるって?そうでしょうね、Aクラスミニカーも沢山出回っているし、普通のおもちゃ屋でも見かける事がたまにありますからね。

ま、旅の思い出って事で......関係ないか(^^;)。

「1/72」スケール
ちゃんとクリアケースに入っている
ここで買った....秘境の売店

 

で、本物のAクラスには一台も遭遇しなかった、と言う話です。

       

2001年10月12日

(貧)どこでもインターネットへの道..........(その4)

さてさて「どこでもインーネット」の続きである......忘れないうちに。

翌日、スーツを着た営業担当の女性と上司の男性二人がやって来た.....からのつづき。たかが、インターネットの契約だけで二人も営業が来るなんて、随分力が入っている。結局、インターネットの接続はADSLを諦めて「2MbpsのCATV」を使う事にした(8Mbpsも魅力だが当地では何時の事になるか解らないからだ)。

早速、二日後には工事の下見と言う事で担当者が二人やって来た。だが、当初予定していたMDFから1階のモデムを置く場所までの配管は通線チェック(針金の束の様な長い線を通す)をしたら繋がっていなかったのだ。しかし、電話線の入ってる配管に余裕があったので、そこから引っ張って来る事にした(ふー、どうなるかと思った)。

で、ついでだからケーブルと一緒にLANケーブルも3階から1階のモデムの場所まで引っ張って貰う事にした(ケーブルはこちらで用意、作業はサービス)。これで、自力工事が少し減ったが、3階からσ(^.^)の部屋まではこちらで工事をしないといけない。

一週間後、本工事となり引き込み電柱から3階までの工事を約半日掛かって終えた。工事料金は約8万円だったが、これには2台のケーブルテレビの分まで含まれている(ま、3階建てのビルだから仕方ない)。家庭へ引く場合は1万円程度とか。それもキャンペーンなんかの時にやるとサービスで只になったりする。

で、早速モデムから直に接続してみると......

はっ早い!!」画像も「パッ」と出てストリーミング放送もスムーズだ。試しにYahoo映画の予告編を見てみたが、途中で落ちる事なく最後まで見られた。「いゃ〜いいっすねブロードバンド!!」2400bpsでパソコン通信していた頃が懐かしい。

家へ帰って「ISDN」で繋いでみると、まるでカメの様でした。この速さを体感したら、もう戻れないな........。

矢印上が電話、下がモデムとLANケーブル
CATVモデム(NEC製)
天井の点検口
キャッチャーと呼ばれる線を引っかける道具
点検口まで距離があると照明器具を外す
廊下から穴を開けて線を引き込む

 

さて、3階のケーブルを引いた部屋から約20mほどσ(^.^)の居る部屋まで引っ張って来ないといけない。電話線の配管を使うか、天井を這わすか悩んだが、ここで強力な助っ人が現れた。仕事で付き合いのある「F電子」のK氏である。本業ではないものの、こう言うLAN工事の経験はあり、引き込みに必要な道具も貸してもらえる事になった。

で、休みの日曜日。廊下上の天井を点検口や照明器具を外しながら、部屋まで引き込んだ。外からモデムまでの引き込み、1階から3階の部屋までのLAN工事を終え、これで第一期工事は終了。

で、3階まで繋がった所でインターネットへ接続してみた。計測サイトでスピードを測ると「800kbps」......れれれ? 2Mbpsはもう始まっているって言ってたけど、こんなもの?..........だが、この数日後、驚異のスピードを体験する事になるとは........つづく。

   

2001年10月11日

長いのか?

珍しく仕事で遅くなった帰り道の事。

二車線道路の赤信号で止まっていると、右側車線に大きなトラックが止まった。

ふと、横を見ると「○○慶太 無事故 2 年」と言うプレートが目に入ったのだ。「ん? 2年って....」免許取ってまだ2年って事か?いやいや、前回の事故から2年しか経っていないって事おい?(三村風)「2年前のプレートは1年ぐらいだったりして??」、いや「無事故 半年」とか「無事故 まだ3ヶ月」なんてプレートもあったりして.....って、それ恐えーよ。

こう言うプレートって「無事故続けてますから安全運転してます」って事だよね。けど、2年じゃーなー逆効果じゃねーのか?

謎は尽きるばかり......と、その時青信号に変わった。

するとその車は、猛スピードで走っていったのだ。「おーい安全運転だよなー」って同じ方向へ走っていくと、右折で対向車待ち。「はーやっと追いついた」スピード出し過ぎだよ。と、右折して走り出すと前には踏切があった。

が、その車は一旦停止せずにそのまま走っていったのだった.......

おーい、まだ2年なんだよー.......!!

証拠写真.....ってそんなの撮るなよ

   

2001年10月10日

えーぐらす?

A-GLASS」でチューハイを飲んだ(^^;)。

これは「しまあにさん」が限定20個で作った非売品のグラスだ。だけど、これ売れそうな気がするぐらいとっても良い物。その「A-GLASS」が届いたのは日曜日の話......。

染谷さんの掲示板を見ると、他の人の「届いた」との書き込みがちらほら。着払いの為、σ(^.^)の届け先は「勤務先」にしておいたが、丁度休みになってしまった。「ひょっとして届いているかも?」と思い職場の病院まで出掛けて行ったのだ(だって着払いだもの)。

で、ナーススーションへ寄ったら「休みなの仕事ですか?」と白衣の天使(一応こう書いておこう)達が不思議そうに見るので「いや、あのσ(^.^)宛に荷物届いていない?」と訪ねたら....「あー、あれ」と一斉に声を合わせて言った。

どうも朝早く到着していた様で、既に送料が支払われていたのだ。「だれ?」と訪ねれば、代わりに払ってくれた「看護士」は当直明けで既に帰ったとの事。「ま、いいか」(いや良くない)、「じゃ今度払うからお礼を言っておいてね」と帰ろうとしたら....

何何?それそれ」と手に持った小包に興味を示した。

そうだろう、休みの日に着払いでわざわざ職場に届いた「不審な物」には興味があったのだろう。「きっと奥さんには内緒の物で..(^^;)」とか言うので、その場で中を開けて箱から取り出すと「綺麗なグラス」が出てきた。最初は「なーんだ、コップか」と思っていた様だが、「Aクラスのデザイン」を見て「あー、車の」と納得した様だった。

で、その後何でこんな物がここに送られてきたのかを説明......「ふーん、何だか楽しそうね」と言う感想。インターネットって、それを体験していない人にとっては「そこで知り合った人から物を貰う」と言う事が何故か不思議な感じらしい。

最近知り合いの間でも「インターネット始めました」って言う人は後を絶たないが、「どう、やってる?」と聞いても「あまり見ていない」と言う人も結構多い。

結局企業のHPを見たり、ニュースのページを見たりするだけで興味が失せてしまうのかも。インターネットってやはり「インタラクティブ」な物なんだから、積極的に参加する事をしないとテレビと同じ物になってしまうのかも。しかもテレビほど一般の人が見て楽しめるコンテンツもまだまだ少ないからな.......。

来ました....
ビールが無かったので
良いでしょう?

 

さて、頂いた「A-GLASS」だが勿体ないから何処かに飾っておこう、と思ったがビールを飲むのに丁度良い。で、早速ビールを入れようとしたが、無かった。あったのは「缶チューハイ」。

うーんA-GLASSで飲む酒は美味いだー

   

2001年10月9日

A160L試乗記........?

連休である。

予定は無い。終わり...........では日記にならない。

こう言う時はネタを探しに外へ出掛ける事にしょう。「あ、そうだA-160Lの試乗」があったではないか。そうそう、それそれ先週は雨のため止めたが、今日は良い天気である。しかも、子供達は妻と一緒に出ているから今日はσ(^.^)一人だ。これでじっくりと試乗が出来る。

で午前中、車が少ない時間に「聖地ヤナセ」に向かった。が、しかし突然行って「試乗させて」と言っても「ただの冷やかし」そのものである。何か、理由でもつけて行ったら試乗車がありました......みたいな感じで試乗させてもらおう(んー、何でこんなに気を使うのか>ヤナ性格)。

いや、ヤナセに行く理由はあった。それはハンドルを一杯回してバックすると相変わらず「クー」と異音がするのだ。以前は時々だったが、最近はほとんど毎日駐車場へ入れる時にする。ま、メルセデスケアが切れるまであと9ヶ月近くあるので、それまでに直しておけば良いのだが......

........などと考えながらヤナセに到着。

ゆっくりと駐車場へ入って行くと、客の車は一台も無い。ちょっと時間が早すぎたか?でも11時前だし、誰か居ても良さそうだが、誰もいない。しかもお目当ての「A-160L」が見あたらないではないか。確か、先週通りすがりに見た時は以前ショールームにあった「試乗車らしきOBのA-160L」が駐車場に置いてあったが...あれは納車前の車だったのか? いや、ひょっとしたら今他の客が試乗に出ているのかも知れない。

と、思って車を降り「ベンツ棟」へ入ってみる........誰もいない。

ちょっと待ったが人っ子一人出てこない。仕方ないので再び駐車場へ出て「オペルその他棟」へ向かって行くと、受付のお姉さんがこっちを見ている。が、誰も出てこない。不審人物と思われているのか?客だぞ、客。とは言うものの「冷やかし客」なんだが.....。

と、工場の方に人影が。

で、そっちへ行ってみると、「オペルその他棟」から見慣れない営業氏が出てきた。つかさず「A-160Lの試乗車ってないのですか?」と訪ねたら「えーっとえーいちろくまるのロングですか?」と、「そうAクラスの長いやつ」と言うと「ありません」と冷たい返事。

えーないの?試乗車、いかんなー、ロングは試乗出来る様にしておかないと」と心で思って「予定もないのですか?」としつこく聞くと「今の試乗車(SWの160)の次にはご用意できるかも知れません」との事........「かも」である。

これにはがっかり「買う気も失せた」。いや元々そんな気は無いのだが、試乗して「その乗り心地の格差に感動して気を失って」気が付いたらハンコを押していた.........なんて事はσ(^.^)の性格上良くあること。高額商品の購入時は時々遊体離脱するのだ。、

が、そのチャンスの芽さえ摘まれたのだった。「あ、そうですか」と、がっくりと肩を落としたVRのA-160はヤナセを後にした..........あ、異音の事を言うのを忘れたぞ.......。

 

あまりのショックでヤナセでの写真を忘れました.......絶好の試乗日和だったのに

 

仕方ないので、帰りに牛乳とCDRを買って帰りましたとさ..........。ちくしょう、こうなったら意地でも乗りたい「A-160L」、岡山のヤナセまで行ってくるか。

   

2001年10月5日

(貧)どこでもインターネットへの道..........(その3)

今日も「どこでもインーネット」の続きである.......だって、Aクラスネタが無いんだもの(^^;)。

で、昨日書いた職場の「高速常時接続を何にするか」である。それを決めないと「LAN工事」をどうするかも関係して来るのだ。その話をする前に、職場の環境を書いておくと.....

うちは8年前に建てられた三階建ての病院である。8年前だから、そう古くはないが新しくもなく(どっちやねん)、一部レセプト用のPCを繋ぐ回線はあるもののLANを前提に最初っから配管が完璧にある状態では無かった。しかもσ(^.^)の主な仕事場は1階と3階である。この二カ所でインターネットが出来る環境を作る事が第一目標だ(いや、表向きは違うが)。

結局、自前でLAN工事をする事に決めたのだが、今外部からの通信に使えそうなのは2階にあるISDN回線だけだ(その他は0発信のダイヤルアップ)。このISDNを「フレッツADSL」にして1階と3階にLANで引っ張る事も考えたが、天井にある点検口から覗いて見たら各階を上下に貫くには厚いコンクリートの鉄筋が阻んでいた。

そこで、建築を担当したS水建設の人に相談しょうと思ったが、忙しくてなかなか捕まらない。仕方なく、大きくて分厚い図面を引っ張り出して、どう言う経路でLANケーブルが引っ張って来れるか検討してみた。

と、そこに思わぬ発見がσ(^.^)のいる1階と3階の医局まで使っていない配管があるのだ「やったー!!」。そこを調査すると、配管には誘導の為の針金が出ている。これにケーブルをくくりつけて引っ張ればとりあえず3階まではやって来る、「楽勝じゃ〜ん!

と、言う事はモデムを繋ぐ電話回線は1階か3階に引かないとイケナイ。しかし、交換機経由の構内電話なので、ちょっと難しい。もう一本ADSL用に電話線を引く事も考えたが、幸い1階にFAX用の別電話回線があるので、そこから引っ張って来ようと考えた。

が、しかし別用で来たNTTの人が「ここにADSLを引くには交換機を買い換えなくてはダメ」なんて言ってきた(ホントかな?)しかも、1階から3階まで直通で行っていると思われた配管は、1階の「MDF」って言う院内の配線(電力・電話・放送など)が一度に集まる部屋まで行っているだけだった。つまり3階の配管もそこに出てきているだけなのだ。

困ったな....」と思っていたら地元のケーブルテレビがやっているインターネット接続が10月から「2Mbpsに増強」(しかも値下げ)と言うニュースが出た(これもYBB効果か)。「お、ケーブルTVか」2MbpsだとフレッツADSLのMAXより速い、しかもADSLの場合収容局と職場までの距離は2Kmちょっと、期待出来ない距離では無いがケーブルの方が確実ではある。

と、思い立ったら吉日、早速ケーブルTVへ連絡をしてみた.......

外部からは引き込み電柱で地下へ入っている
MDF盤を開けると下から外部配線が出てくる
MDF盤
一階天井を見上げたら各配線が二階へ繋がっている
各階にはこうやって配線

 

調査の結果は、職場そばの電柱までケーブルは来ているとの事、早速「相談に伺います」と言う話になった。おー、何と早い事だ「YBB」に聞かせてやりたいわい(ま、値段の差だけどね)。

翌日、スーツを着た営業担当の女性と上司の男性二人がやって来た.....つづく

   

2001年10月4日

(貧)どこでもインターネットへの道..........(その2)

さて、「どこでもインーネット」の続きである。

この話、実は沢山の事を同時に進行して行かないとイケナイのだが、折しも一年で一番忙しい時期と重なってしまった。だが、このチャンスは何年かに一度のチャンス。確か前回の買い換えが7300/166の時だから、もう何年経っているのだろう......。

と、懐かしがっている場合では無い。やることは沢山ある、まず「PC及び周辺機器の機種選択」 「LAN工事」「高速常時接続を何にするか」そして「我が家の通信環境をどうするか」である。

そう「どこでもインーネット」プロジェクトの中には我が家のインターネット環境の更新も含まれている。勿論、妻は知らない。ま、そんな事は事後報告で「安くなったから」で済ませようと思っている。家の環境を変えるのは、今使ってるノートブック(Power BookG3)に無線LANに使う「AirCard」を入れる予定だからだ。そうなると、職場で使うだけでは勿体ない。

勿論、今の「フレッツISDN」のままだと言うのも勿体ない話である。折しも今年は「ADSL元年」と呼ばれるぐらいADSL真っ盛りだ。まず、春先から地元の電力系プロバイダーがNTTより早くADSLのサービスを始めた。続いて7月にはNTTが「フレッツADSL」を始めたのだが、その頃「YBB」が格安料金で提供を始めた。

これに乗らない手は無い。早速、速攻で仮申し込みをし、本申し込みもメールが来たその日に行った........。

当初は「8月末までは」と言う話だったが、その日が来ても何も起こらなかった。YBBの混乱は、掲示板を覗けば解る。都内だけでも開通者は少なく、結局9月末まで延期のメールが来た。それからは毎日、自分のステータスや開通状況を毎日覗いていたのだった。

と、先週になって、地元の局が一つ開通した。しかもモデムが送られている人も出てきた。「開局予定情報」を見ればσ(^.^)の収容予定である局舎工事は完了し、いよいよ「ネットワーク接続完了」を待つだけとなった。

そんな昨日、遂にYBBからメールが届いた!......。

ネットワーク接続完了日は10月1日なんだけど.....

 

そのメールの内容とは.....「お客様のお住まいの地域は、電話ケーブルの光化が完了しており、既にお客様の電話は光回線による提供がなされております。

ん?接続の準備が出来たのではないのか?」いやいや、これはADSLは繋がらないって事だぞ。おかしい、7月の時点でNTTに確認した時は「ADSL提供出来ます」って言う返事だったのに、何かの間違いでは?、そう、「YBBは嘘だらけだから、これは絶対に間違いだ!.....間違いだ〜!

そう思って、速攻で「116」へ電話した。そうしたら、お姉ちゃんが出て.....

光化が完了です(^^)/」と言う返事...........あーそうですか.............。

いやいや、違うってば、笑っている場合じゃ無いよ、7月に確認したっしょ、したよね、そうしたら「フレッツADSLは何時でも申し込めます」って言ったじゃん、あんた。あれは何?嘘?それても何かかい、YBBに客を奪われそうになったので、急いで「」にしたってかい?おい!どうなってんだよ〜!!......(; ;半泣き)

いや、最後の手がある、あるあるある(クイズ100人に聞きました風)、光が来ているならば「メタル迂回」にして貰おうじゃない、それぐらい出来るでしょうが、えー姉ちゃんよー。

しばらくお待ち下さい、担当の者に調査させますm(_ _)m

それから約30分後、折り返し電話が来た........「メタル迂回も出来ないそうです(^^)/」って、おい笑っている場合じゃ無いって、つまりYBBだろうが何だろうがADSLはダメって事かい、おい!!.......(滝涙)。

あー、この三ヶ月は何だったんだ。くそー、ぬかよろこびさせやがって、俺の青春を返せ〜!!、夕日のバカ野郎〜!!

で、この後「Bフレッツをお待ち下さい(^^)/」ってCMまでしゃがる。それって何時?しかも、マンション等の集合住宅では10人以上の申し込みがないと、それも無理なんだよー.............くー(; ;)。

   

2001年10月3日

月がとっても青いから......

仕事が終わって、駐車場へ戻ると「大きな月」が待っていた。

おー、これは綺麗な月だ。周囲は真っ暗だが「月の光」が明るくσ(^.^)のAクラスのボディにも月の光が映っている。「お、これは絵になるかも」と、ダメもとでデジカメを取り出して写してみた。

三脚も無いので手ぶれ覚悟でシャッターを押したらみたら「お、映っている」でも、よく見ると仕事で「白黒」の設定にしたままだった。「あ、失敗」と思ったが、白黒の月の光もなかなか良い(と思う)。駐車場には他の車が無かったので少し移動して、もう一度撮ってみる。だけど作為的でイマイチだ。

ゲイジュツ的に撮れたら、大きくHPに出そうと思ったがやればやるほどダサくなる。10枚以上撮っていたら、近所の犬を連れたおばさんが変な顔で見ていく。真っ暗な駐車場で何枚も写真撮っていたら不審人物だ。良いのが撮れないので、諦めて家へ帰った。

帰り際、川面に映った月の光が綺麗だった。

家へ帰って妻に「今日は十五夜だ」と言ったら、「それは昨日!」それも「月齢14.7」と、あっさり言われてしまった........。

月とA
ちょっと移動
フラッシュが中途半端
川面の月の光

 

何でそんなに詳しいのだ?と、聞くと上の子供の宿題で、ここ何日かの月の観測をしているそうだ。そーか、でも今の子供達は昔人間が月まで行った事を知らないのかも.....。

月の光」と言えば「ドビッシー」。でも、σ(^.^)にとっては「富田勲」。あと、月と言えばピンクフロイドの「ダークサイド・オブザ・ムーン」。そうそう、炎のランナーで有名な「バンゲリス」のアルバムに「反射率0.39」と言うのがある。この数字は、鏡の反射率を100%とすると地球は「39%」なのだそうだ。きっと月から見た地球は綺麗なんだろうな........。

..........なのに相変わらず戦争かい、懲りない人類だ........と月のうさぎ達は思っているのかも。

   

2001年10月2日

(貧)どこでもインターネットへの道..........(その1)

それはまだ暑い夏の盛りの頃から始まった話。

ひょんな事からσ(^.^)専用に使っている職場のPCを買い換える事になったのだ。だが、予算は○貧である。しかし夢は大きい。せっかく買い換えを許可してもらえたのだから、ここはPCのみならず私が仕事する場所では何処でもインターネットを使える環境(高速常時接続&無線LAN)にしたいと考えたのだった。

が、ほとんどσ(^.^)個人の為の物。よって予算はあまり期待出来ない。新しいPCの方は発表されたばかりの「PowerMAC G4」をメインに周辺機器も一緒に買い換える予定であったので、残りの予算で無線LANの構築をしないといけない。

さて、どうやってするのだ?

とりあえず、最近同じ様な規模でLAN工事をしたばかりの、知り合いへ「何処で頼んだの?幾らかかったの?」とメールを打ってみた。だが、その返事が来る前に、その業者はやって来たのだった.........

○○と申します」とアポなしで、いきなりやって来たその業者はLAN工事企画設計の会社だった。分厚い会社案内なんかを持参し、あれこれと話を聞くうちに、「結構お金が掛かる事だ」と解って来たのだ。

一口にLAN工事と言ってもその建物の構造や回線の数、場所と色々と条件は変わってくる。基本的には、一回線、1m辺り、設定料金等細かく決まってはいる様だが、結局は人件費が大きい。ま、材料費なんて大した額では無いのは、最近の家電量販店のパソコンコーナーにLAN工事用のパーツは売られているので知っている。

結局、次の週になって今度は「施工業者」がやって来た。なーんだ結局下請けにさせるだけの事ではないか。話によれば、まず建物調査をして何処から何処へどのくらいの長さでHUBはいくつ、ルーターはどうする等で決めていくそうだ。

だが、提示された見積もりはメインとなる「PowerMAC G4」が何台か買える額だった。材料費を知っているだけにその提示金額が大きく感じる、うーんどうしょう........。

そんな頃、ネットで「実践的・校内LAN構築レポート 予算の乏しい公立学校で、材料費のみでLANを構築しました」と言うHPを見つけた。そうか、自分でやれば良いのか。このHPを見てド素人でもそれなりにLAN構築が出来るのだと確信した。

が、後にそれ程簡単な物では無い事を知るのだった........つづく

 

------ と、言う訳でこのシリーズ現在進行形なのです。で、車の話は出てこないので興味の無い人は読み飛ばしてくださいm(_ _)m  -------

とりあえず、図面を出して見たのだが......

    

2001年10月1日

只ほど大変

9月27日のお宝(MACお宝鑑定団)を見ていたら......

.......「全国の主要アップル製品取扱販売店において、Mac OS X v10.1アップグレードキットを無償配付します」と言うニュースが出ていた。それは、MAC OS(アップデータ)が入ったCDを「只でくれる」と言う話だった。

只より安い物は無い。「おー、これは絶対に行かなければ」と思ったが、配布日は9月29日(土)午前11時より」だった。「げっ土曜日だ」9月は一年で一番忙しくて、最終日は這ってでも仕事に行かなければならない日。残念だが、仕方ない諦めるか....。

だが、配布って一体何枚配られるものなのか?いや、そもそもこの地元で「マイナーOSのMACユーザー」なんて数が知れているもの、その中で既にOSXを使っていてアップグレードしたい人間が一体どれだけ居るのだ?、σ(^.^)が知っているMACユーザーなんて知れているし、Yaooの掲示板(香川県)でMACのトピが出来ても直ぐに消えてしまう。

ひょっとしたら、仕事が終わってダッシュで行けば、何枚か残っているかも(期待)。

そう、望みを託しながら土曜日仕事が終わるのをまった。そして、Aに乗り込み猛ダッシュ(でも安全運転)午後6時前には「DeoDeo」へ到着した。最初にDeoDeoに行ったのは県下で唯一のiMAC取り扱い店舗だからだ。あるとしたら、ここに大量にあるに違いない。

だが、店内にそれらしき物は無い。こう言うのは大体レジ横に置かれている物だ。そう思って行って見ると「配布終了」の紙が垂れ下がっていた。「しゅ、終了か.......」とほほほ、せっかく来たのに、やはり配布枚数が少ないのか、それとも地元MACユーザーが意外にも多いのか....。

気を取り直して、続いて「PC DEPO」へ行く。ここもMAC製品を売っている..........だが、ここも「配布終了」の張り紙が。残念、もう帰ろうと家路に向かってAを走らせていたら「OAシステムプラザ」があったのを思い出した。確かここもMACを売っている店。しかも午後7時までだから、急いで行かないと!

ぎりぎりセーフで間に合って、店内に入ると........

無料配布CDは無い。いや「配布終了」の張り紙も無ければ、MAC製品その物が「既に売られていなかった」のだ............トホホホ。

DeoDeoで
終了か.....
既に10.1インストール済み
OAシステムプラザにて

 

何だか、もうYahooのオークションではこの無料配布CDが売られていた。しかも未開封品が......「使わないなら貰うなバカ!」え、σ(^.^)は使うのかって.......えーっと、どれだけ速くなったのか試してみたいだけで、メインはやはり9.2.1かな(^^;)。

途中、「ヤナセ」のショールームを覗くと、既にロングAは無く、表に「試乗車」として出ている様だった(ちらっと見た感じ)。よし、明日はロング版の試乗だ.....と思ったものの、雨が降ったので止めましたm(_ _)m